八田興一氏を知っているか?

八田興一氏を知っているか?|施工管理技士派遣のNEWS株式会社

ちょっといいっすか?

どんな業界でも凄い人ってのはいるもんだよな。俺たち建設や土木の業界の中でも凄い人物はたくさんいるけど、「偉人」って呼ばれている人もいるんだ。その人たちがどんなことをして、どんな成果を挙げたのかをちょっと紹介させてもらうよ。

 

土木の偉人八田興一(はったよいち)

この人は俺のおじいちゃん世代に活躍した人で、台湾では英雄視されている日本人として中学校の教科書にも載ってるくらいの人なんだ。で、何をしたかって言うと台湾にある「烏山頭ダム」を作った土木の偉人なんだ。

台湾統治時代の1930年に完成したダムで、着工から十年の歳月をかけて作られたんだ。台湾西南部の華南平原は降水量が少なく、農業に適した土地では無かった為に農家は困窮していたらしい。

そこに、日本本土から派遣された土木技士の八田興一氏は、華南平原の農業灌漑を目的としてダム計画を策定して着工を始めたんだ。

日本初のダム工法「セミ・ハイドロリック・フィル工法」

八田興一は烏山頭ダムを作る為に「セミ・ハイドロリック・フィル工法」を採用したんだ。これは、水の流れによって堆積する土砂が重いもの順に堆積していく原理を利用する工法で「半水締め」とも呼ばれてるんだ。

周辺の土砂を盛り立ててそれに水をかける。すると、岩、石、砂、粘土に分解して堆積し、それを繰り返すことでより強固な堤ができるって訳。俺らが想像するコンクリート造りのダムとは違い、周辺の土壌や地形を上手く利用したダムだな。

この「八田式セミ・ハイドロリック・フィル工法」は、ダム先進国のアメリカの土木学会でも論文が発表されて、当時は「東洋人がこんな土木工事を成し遂げるとは」って、とても注目を集めたそうだぜ。

八田與一の人柄と情熱

でも、巨大プロジェクトを成功させたからといって、教科書に載ったり銅像を建てられたり、記念館や命日には慰霊祭をされるほどに台湾人に尊敬されているってのが不思議と思わないか?その答えは、八田與一さんの人柄とダム建設にかける情熱なんだよね。

八田與一は日本人労働者や台湾人労働者を分け隔てなく公平に扱った。建設現場では人間関係が大事なことをよく知っていた八田は、台湾人に偉そうな態度は一切取らず常に現場で陣頭指揮にあたってたそうだ。休みの日のは作業員と一緒に花札を興じたりと、コミュニケーションをとても大切にした人だったんだな。

また、死亡事故が起こった時には犠牲者の家に一軒一軒赴き、涙ながらに台湾式の弔意を示したそうだ。八田の悲しみに心を打たれた台湾人労働者や遺族らは「台湾の為に命がけで働いてくれている!」と感じ、八田の事を「親父」と呼んで慕い、士気も高く益々仕事に専念したんだってよ。こういうセコカンに俺もなりたいぜ!

八田興一の功績

また、完成したダムと同時に、総延長16,000キロ大規模灌漑用水路も灌漑地に作っている。当時は世界最大のダムで総工費は約5,400万円。今の価値にすると7,000億円の巨大プロジェクトだったんぜ!しかも30代で成功させたなんてスゲーだろ!

不毛の地だった華南平原を、台湾の一大穀倉地帯に変えた八田興一の功績は、今も台湾の人々に感謝されるほどなんだってさ。八田興一の土木事業「烏山頭ダム」が、台湾と日本の友好に深く影響を与えているのは間違いないよな。まさに土木の偉人と言える人だよ。土木やってるなら絶対に知っておきたい日本人だよな!

まだまだ八田興一の凄いエピソードはあるんだぜ。聞きたかったらこれから一緒に飲みでも行くか?

八田興一氏を知っているか?|施工管理技士派遣のNEWS株式会社